関西の「川の源流探し」と「街道ポタリング」

関西の河川や街道を、自転車でのんびりと走り紹介します。

179.奈良街道をポタリング⑧(棚倉駅〜近鉄奈良駅)

 8月22日〜23日に、奈良街道(京都⇒奈良)を1泊でポタリングをした。

 当日は曇りの天気予報だったが、強い日差しだった。

 

 今回は棚倉駅㉒から、終点の近鉄奈良駅㊱までをブログアップする。

ポタリング・マップ)

(JR棚倉駅

 涌出宮(わきでのみや)の正式名称は、和伎座天乃夫岐売(わきにいますあめのふきめ)神社だ。

(涌出宮)

 棚倉駅から1kmで、奈良街道はJR奈良線の高架をくぐる。

 レンガ作りのレトロ調だったので、写真に撮った。

JR奈良線の高架)

 左2kmで神童寺の看板だが、少し遠いので行かなかった。

 この登り斜面から、天井川であることがわかる。

 川の名前は不明だ。

天井川

 左手に、椿井大塚山古墳がある。

 道がよくわからなかったので、行くのをやめた。 

(椿井大塚山古墳の案内)

 きれいな花が咲いていた。

マツバギク

 奈良街道沿いに、山城茶業の碑が建っていた。

 ここ山城地域は、宇治茶を育んできた地域で、木津川と奈良街道によって広まったらしい。

(山城茶業の碑)

 昔風の建物があり面白そうだったので、ビデオ撮影した。

 中に入っていくと、近代的なお茶の工場(福寿園本社・山城工場)があった。

 この会社は、伊右衛門のペットボトルで知られている。

 

 宇治茶の郷の石碑と、資料館があった。

(資料館)

 すぐに木津川の土手にぶつかり、正面の階段を上がった。

(木津川の土手)

 土手にきれいな花が咲いていた。

ヒルガオ

 左手に、木津川を渡る長い橋があった。

(泉大橋)

 ビデオを撮りながら、泉大橋を渡った。

 道は国道24号線だ。

 

 振り返ってみたが、古そうな橋だ。

 日本100名橋に選ばれている。

(泉大橋)

 橋に、錆びた銘板が付いていた。

 よく見ると昭和25年(1950)と書いてある。

 私が生まれた年と同じだ。(びっくりぽん)

 行基が740年に架けたのが始まりとされている。

(橋の銘板)

 木津川を越えて少し行った奈良街道の交差点に、永代常夜灯があった。

(永代常夜灯)

 そして本町通りがある。

 昔は賑わっていたのだろう。 

(本町通り)

 木津川市上水道の木津受水場がある。

 この施設の役割はわからないが、水草が一面にあり、あまりきれいな水とは思えなかった。

木津川市上水道の木津受水場)

 すぐ横から、大きな池(左)が繋がっている。

 この池は文廻(ぶんまわし)池で、遺跡で、板状の三彩陶器数十点が見つかり、正倉院宝物にもひけをとらない国宝級とネットに書いてある。

 右手の細い川は、井関川だ。

 

 奈良まで4kmの標識が見えてきた。

 もうすぐ終点だ!

奈良県道754号線)

 奈良街道は、すぐに横道の一方通行に入る。

(手前が奈良街道)

 奈良街道らしい雰囲気になってきた。

(奈良豆比古/ついこ神社)

 道標と高札場がある。

 高札場は、奉行所が町民が守らなければならない事柄を、木札に書いて掲示した場所だ。

 札には、「定、条々、覚」などのタイトルが書かれている。

(道標と高札場)

(説明板)

 終着点の奈良に向かって、ポタリングを続ける。

 ただ、暑い!

 

 般若寺だが、壁が修理されていないのが、なんだか良い。

(般若寺)

 ビデオが終わったところは、手貝町の転害門だ。

 

 転害門だが、その言い伝えから、「碾磑門」「手掻門」「手貝門」と表記されることもあるらしい。

(転害門)

(奈良町の観光案内図)

 今日の終着の奈良東大寺に着いたところで、ぐるっとビデオ撮影した。

 向かいは奈良県庁だ。

 

 後ろに見える、若草山がきれいだ。

若草山

 近鉄奈良駅に行くまでに、奈良公園を通るが、鹿がいっぱいいた。

奈良公園の鹿)

近鉄奈良駅にある行基の噴水)

 奈良駅近鉄ビル8階の中華料理店で昼食を食べたが、ノンアルコールビールを飲みながら、窓から見える景色は最高だった。

 奈良街道のポタリングは、これで終えます。

(窓からの景色)

(窓から見える興福寺五重の塔)