関西の「川の源流探し」と「街道ポタリング」

関西の河川や街道を、自転車でのんびりと走り紹介します。

154.紀州街道をポタリング③(石津川〜岸和田光明寺)

 6月4日(土)〜5日(日)に天候を見計らって、紀州街道ポタリングした。

 

 今回は石津川⑱から、岸和田光明寺㊵までをブログアップする。(○数字の間は1km)

ポタリング・マップ)

 石津川にかかる太陽橋の南側に、北畠顕家の戦死の地がある。

(太陽橋)

北畠顕家の戦死の地)

 石津川から数百m先、このあたりから右手には、75ヘクタールの広大な浜寺公園が広がる。

 浜寺公園の整備された入り口で、こちら側は阪堺電車の終点「浜寺駅前」だ。

浜寺公園入り口)

阪堺電車 浜寺駅前

浜寺公園の説明板)

 この橋は新羽衣橋で、下を流れる水路は右に流れて、浜寺水路に繋がっている。

(新羽衣橋)

 新羽衣橋から南西に5km行くと、紀州街道は細くなる。

 今は、両サイドには新しい家が建っていた。

 

 そして1.5km走ると、川幅が広い大津川がある。

 河川敷を含めると川幅が広く、とても二級河川には見えない。 

 ぐるっとビデオ撮影した。

 

 気持ち良くポタリングを続ける。

 

 岸和田の欄干橋にやって来た。

 昔は古城川の上にかかっていたが、今は暗渠になっている。

 欄干が、その面影を残している。

 左右の道は、岸和田港塔原線だ。

(欄干橋)

 左の細い道は、走って来た紀州街道だ。 

(欄干橋の説明板)

(拡大)

 岸和田港塔原線を越えて、細い道に入って少し走ると、古い家並みが保存されていて、雰囲気がとても街道らしくなってきた。

 

 しっかりと保存されている旧家が続いている。

(山内邸)

(説明板)

 紀州街道本町一里塚で、大阪市高麗橋からここまで、一里ごとに塚が築造されていた。

紀州街道本町一里塚)

 すぐ南東の、岸和田市役所のそばに岸和田城があるので、行ってみることにした。

岸和田市役所)

 左上に、岸和田城が少し顔をのぞかせている。

(ちらっと顔が見える岸和田城

(堀)

 堀には、小さな赤い蓮の花がたくさん咲いていた。

(蓮の花)

岸和田城

 旧家が保存されている、岸和田城の北西に沿う街道の途中に、立派な光明寺があった。

光明寺

 もともとは、岸和田城の北にあったが移設されたらしい。(今は西側)

(説明板)