関西の「川の源流探し」と「街道ポタリング」

関西の河川や街道を、自転車でのんびりと走り紹介します。

153.紀州街道をポタリング②(住吉駅〜石津川)

 6月4日(土)〜5日(日)に天候を見計らって、紀州街道ポタリングした。

 

 今回は住吉駅⑧から、石津川⑱までをブログアップする。(○数字の間は1km)

ポタリング・マップ)

 住吉駅から住吉鳥居前に走る、阪堺線(ちんちん電車)だ。

 私が小学生の頃、生まれ育った大阪市内でちんちん電車が走っていて、乗った記憶がある。

 

 ちんちん電車は住吉大社の横を走るが、全国約2300社余の住吉神社総本宮だ。

住吉大社

 住吉鳥居前から500mに、「おはらいばし」があり、欄干のそばに紀州街道と「おはらいばし」の由来があった。

(おはらいばし)

 住吉大社の大祭を「お祓い」と言い、その時この橋の際に大きなかがり火を焚いたことが、名前の由来らしい。

(説明)

 南に進んでいくうちに道が細くなったので、街道の雰囲気を楽しむためにビデオを撮った。

 

 安立中央商店街の中で、備長炭を売っているお店があった。

 備長炭の炭火焼きで、肉か魚を焼いて食べるのだろうか?

 優雅で、かつ美味しいだろうな!

備長炭販売のお店)

 そうこうしているうちに、大和川を越える大和橋に来た。

(大和橋)

 東⇒南⇒西をビデオに撮った。

 大和川には、たくさんの橋がかかっている。

 橋の手前の道は、八尾街道だ。

 

 最初の大和橋は、宝永元年(1704.9)に完成し、10月に堺奉行の管理(公儀橋)になったらしい。

(大和橋の碑)

 紀州街道阪堺電車に出会う綾ノ町から、道は急に広い大きな大道筋になり、少し行くと道標が立っている。

 大道筋は幅が50mもある南北に走る堺の幹線道路で、中央を阪堺電車が走っている。

(道標)

(道標)

 歴史の道の説明板には、「昔は漁業を中心としていた頃、堺は日本一の港町で、商業の中心として栄えた」と書いてある。

(説明板)

 紀州街道を横切るフェニックス通りで、左へ行けば大仙陵古墳仁徳天皇陵)がある。

 右へ行けば、堺旧港と旧堺燈台がある。

フェニックス通り

 この周辺は見るところが多く、てくてくロードの案内図がある。

 半日かけて歩き回るのも、楽しそうだ。

(てくてくロード案内図)

 御陵前付近の踏切で、阪堺電車の線路を渡る。

 

 川は埋められたのに、にしでくちはしの欄干を残している。

(にしでぐちはし)

 石津太神社(いわつたじんじゃ)と読む。

(石津太神社)

 五色の宝石が埋められていると言われる場所だ。

(五色の石)

(説明碑)

 石津川を太陽橋で渡る。

石津川

(太陽橋)

 太陽橋を渡った所に、南北朝時代の武将、北畠顕家の戦死の地がある。

北畠顕家の戦死の地)

 南北朝時代(1350頃)、南朝北朝の両軍は、堺の港を争奪する激戦をこのあたりで繰り返したらしい。

(説明板)