関西の「川の源流探し」と「街道ポタリング」

関西の河川や街道を、自転車でのんびりと走り紹介します。

145.京街道をポタリング③(文禄堤〜茨田堤の石碑)

 5月14日(土)〜15(日)にかけて、天気予報では曇だけれど晴れているので、計画していた京街道ポタリングを楽しんだ。

 昨年12月の西国街道ポタリング以来、久しぶりの街道ポタリングだ。

 

 今回は、⑪の文禄堤から、㉒の茨田堤の石碑までをブログアップする。

ポタリング・マップ)

 京阪守口市駅と近くの文禄堤の説明を見たあと、淀川左岸の京街道に沿って北東へポタリングした。

文禄堤は、豊臣秀吉が淀川左岸の改修・整備したもので、伏見城大坂城を結ぶ道だ。)

京阪電車 守口市駅

文禄堤の説明図)

 難宗寺には、守口城址がある。

(難宗寺)

 難宗寺の近くに、守口宿の説明板があった。

(説明板)

 街道の面影を残す道を、当時を想像しながら、のんびりとポタリングする。

 

 盛泉寺は慶長11年(1606)に創建された東本願寺の末寺で、「東の御堂さん」「東御坊さん」と呼ばれている。

(盛泉寺)

(説明板)

 探しにくかったが、道を挟んで「かめはしの跡碑」がある。

 ネットでは説明が見つからなかったが、たぶん江戸時代、このあたりに川があったのだろう。

(かめはしの跡碑)

(かめはまで読める)

 阪神高速12号守口線の下をくぐる。

阪神高速12号守口線)

 京街道の道標を見つけた。

 淀川は近い。

(道標)

 市街地を抜けて、淀川の土手に出る。

 景色が変わって気分も変わる。

 

 淀川に出た所から、ぐるっとビデオ撮影する。

 鳥飼大橋が見える。

 

 土手に寝そべって休憩する。

 綺麗な花が咲いていた。

クサフジ

 地図に書いてある佐太の渡し場を探していたが見つからず、あまり関係はないが、佐太樋跡を見つけた。

 大正時代、この地区に淀川から水を引いていた樋があったようだ。

(佐太樋跡)

 ぐるっとビデオ撮影する。

 鳥飼仁和寺大橋が見える。

 

 淀川の土手から一般道に出た。

 標識に書いてある点野を、「しめの」と呼ぶらしい。

寝屋川市しめの)

 茨田樋遺跡水辺公園の案内板があるが、「まんだ」と読むらしい。

(案内板)

 大きな木を背景に、日本最初の河川堤と言われる「茨田堤の石碑」があった。

 日本書紀によると、淀川の洪水を防ぐために造られたが、難工事の連続だったらしい。

(茨田堤の石碑)