関西 「川の源流探し」と「街道ポタリング」

関西の河川の源流や街道を自転車で走り、歩いて、見て紹介します。

宝塚 小浜宿(こはまじゅく)を自転車でポタリング①

 先日、ゴルフの帰りに時間があったので、宝塚の小浜宿にある毫摂寺(ごうしょうじ)の近くのパーキングに車を停め、積んでいた折りたたみ自転車で「小浜宿」をポタリングしてきた。

 小浜宿は中国自動車道宝塚ICの西500mにあり、名前が示すように平安時代までは瀬戸内海が入り込む浜だったようだ。

 東西に400m、南北に750mほどの大きさで、当時は西宮街道、有馬街道、京伏見街道が交わり、交通の要衝として栄えた。

 南北の中央辺りに皇大神社があり、兵庫西宮街道、京伏見街道の案内板がある。

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皇大神社の立派な鳥居)

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皇大神社の御由緒)

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(街道の案内)

 少し北に進むと、大堀川を渡る国府橋の左手に「北門跡」があり、北門跡と愛宕さんの説明板もある。

 小浜宿の案内図の後ろに、「北門跡の石碑」が隠れている。

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(北門跡)

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(北門跡と愛宕さんの説明板)

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(北門跡の石碑)

 朱色のきれいな橋で、大堀川が小浜宿の周囲2/3を取り巻いているため、水には不足しなかったように思われる。

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国府橋)

 もう少し北に歩いた左手に「旧和田家住宅」があり、当時の庄屋の家を再現している。

 今は宝塚市立歴史民族資料館になっていて、誰でも中に入って、興味深く見入ることができる。

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(旧和田家住宅)

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(宝塚指定文化財 旧和田家住宅)

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(広々とした客間)

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(家が買えたであろう貴重なオルガン)

 小浜宿の中心に、小浜宿「資料館」ある。

 ここは戦国時代の武将 山中鹿之介幸盛を祖先とした山中家の跡地に開館した。

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(小浜宿資料館)

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(小浜山中家についての説明)

 資料館の中には、当時使っていた道具や資料がたくさん展示されていた。

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(大工の町・小浜の道具他)

 ここは江戸幕府の直轄の天領で、農地は無く各種の職人や商人が住んでいたようだ。

 左に黄色く見えるのは「菜種」で、油をとって使っていたと説明を聞いた。 

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(大堀川の西から見た街並み)

 資料館の奥の一角にある「玉の井(井戸)」だが、昨年覆屋を作ったそうだ。

 滑車で組み上げた水を左の4本足の給水塔に入れて、屋内に給水していたらしい。 (案内のおじさんに聞いた)

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玉の井

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玉の井説明板)

 この井戸の水は、豊臣秀吉が有馬に行く途中で、千利休に茶をたてさせたという伝承もある。

 その後、山中鹿之介の子孫が江戸時代にこの水で酒造業を始めた。

 井戸の蓋を開けてもらい、中を見たところ、水が見えた。(開けた蓋が写っているのできれいな水のようだ)

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(井戸を上から見た)

小浜宿(こはまじゅく)を自転車でポタリング②に続く