関西 「川の源流探し」と「街道ポタリング」

関西の河川の源流や街道を自転車で走り、歩いて、見て紹介します。

尼崎にある尼崎城・富松城址

 尼崎城は、元和3年(1617)に尼崎藩主となった戸田氏鉄が、翌元和4年から大阪城の西の固めとして築城にとりかかり、数年の後完成させた。

 川と海に面した地理的条件を巧みに利用し、城地は300m四方で海陸両面の備えとして設計された。

 阪神本線大物駅の南500mにある北浜公園に、その説明書きがある。

f:id:knakata:20210910190145j:plain尼崎市大物町)

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 北浜公園の西500mにある名城小学校の中には、昭和15年に教職員と児童が一緒になって苦心して製作した「コンクリート作りのミニチュアモデル」が設置されている。

 いかにも手作りという雰囲気が漂っている。

f:id:knakata:20210910190318j:plain尼崎市南城内)

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 小学校の南に、尼崎城址の石碑が立っている。

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 名城小学校の北西500mに、平成30年11月30日に竣工し、平成31年3月29日から一般公開となった「尼崎城」がある。

 隣接する公園では多くの子供が遊んでいた。

f:id:knakata:20210910190531j:plain尼崎市北城内)

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 尼崎城の北5kmに、戦国時代の城館の「富松城址」がある。

 西摂地域の重要拠点であった尼崎城伊丹城、越水城のほぼ中間に位置し、戦略上の要地であり、戦乱の主要な舞台の一つとなった。

 今は写真の姿しか残っていのが残念だ。

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