関西 「川の源流探し」と「街道ポタリング」

関西の河川の源流や街道を自転車で走り、歩いて、見て紹介します。

豊中 神崎川の渡しを探す①

 現在は神崎川を渡る橋は整備され、車で自由に行き来できるが、かつて(江戸時代)は、神崎川(昔は三国川と呼んでいたらしい)には橋がなく、かなり不便だったようだ。

 そのため、豊中地区の神崎川には「3つの渡し」があった。

 南からまず「州至止の渡し(すどうしのわたし)」があり、阪急神戸線のそばに「石碑」が建っている。

 1977年に建てられた、比較的新しい石碑だ。

 手前は神埼橋だ。

f:id:knakata:20210901093944j:plain

(州至止の渡し(すどうしのわたし)石碑)

f:id:knakata:20210901094019j:plain

 阪急電車神崎川の鉄橋を走るのを待って写真を撮った。

 こうして、「渡し」「道路」「鉄道」が並行している景色を見ていると、随分便利になったものだと感心するが、渡しによる旅はすこぶる情緒があったに違いない。

f:id:knakata:20210901094050j:plain

横線.png

 ここから上流に2km遡ると「三国の渡し」がある。

 明治6年(1873)にかけられた三国橋の大阪寄りのたもとに、立派な「石碑」が建っている。

 この橋は「能勢街道」で神崎川を超えて、能勢の妙見さんに通じている。 

 「南北朝の戦乱を記した「太平記」にその名が見える」と、石碑に書かれている。

 なお、太平記は全40巻で、南北朝時代の50年間を書いた軍記物語だ。(機会があれば読んでみたい)

 そばに詳しい説明が書かれた石碑もあり、ここで周辺を見渡しながらゆっくりと説明文を読むのは、当時が想像されて楽しい。

f:id:knakata:20210901094251j:plain

(三国の渡し石碑)

f:id:knakata:20210901094324j:plain

f:id:knakata:20210901094338j:plain

神崎川の渡し(2)へ続く