関西の「川の源流探し」と「街道ポタリング」

関西の河川の源流や街道を自転車で走り、歩いて、見て紹介します。

85.西国街道をポタリング 続⑦(楠公父子 子別れの石像〜長岡京駅前)

84.西国街道ポタリング 続⑥(安満遺跡公園〜楠公父子 子別れの石像)から続く

 

 桜井駅跡公園(現JR島本駅の横)で、楠公父子子別れの石像を見たあと、長岡京駅に向かってポタリングを続ける。

 なおこの像を見るまでは、楠木正成の歌に出てくる櫻井は、奈良の桜井駅のことだと思っていた。

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楠公父子子別れの石像)

 西国街道ポタリングするが、ネットで見ると「物集女街道」とも書いてあった。

 物集女(もずめ)とは変わった名前だ。

 この地域には物集女町の地名や物集女城跡があり、きっといろいろな歴史があったのだろう。

 1㎞で水無瀬橋を渡る。

 水無瀬川は500m東で、桂川に合流する。

 水無瀬川の源流探しも面白そうだ。

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(水無瀬橋)

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水無瀬川

 500m走ると、うまいウイスキーを造るサントリー山崎蒸留所だ。

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(蒸留釜)

 電車に乗っている酒好きの人が、窓からこの蒸留釜を見ると、ウイスキーを飲みたくなるだろうな。

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JR京都線

 線路沿いをポタリングしていると、電車が走って来た。

 

 歩道橋からビデオを撮った。

 

 天王山の登り口だ。

 20年近く前に、ここからマウンテンバイクで天王山を楽しんだ記憶がある。

 たしか蝿か蚊が多かったように思う。

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(天王山登り口)

 登り口に、ほんの少し入った。

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(天王山登り口)

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(観光案内図)

 南へ600mで、阪急大山崎駅に着く。

 このあたりはJR京都線阪急京都線が接近している。

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(阪急大山崎駅

 西国街道長岡京に向かって走る。

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京都府道67号線)

 3㎞走ると、天王山夢ほたる公園に、天下分け目の天王山「山崎合戦古戦場碑」がある。

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(案内図)

 公園内に石碑がぽつんと立っていた。

 下が土で殺風景なので、芝生でも貼れば良いと思った。

 周囲の景色が良いだけに残念だ。

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(山崎合戦古戦場碑)

 この地で、羽柴軍35,000人と光秀軍15,000人の軍勢が戦った。(多くの人が死んだのだろう。戦争はいやだ)

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(山崎合戦説明板/面白い)

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(両軍が対峙した小泉川)

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(両軍が対峙した小泉川)

 山崎合戦を想像しながら、小泉川の横道をのんびりとポタリングする。

 昔の武士は戦争、今の私は遊びの大きな違和感を感じた。

 

 阪急京都線が見えて来た。

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西山天王山駅

 川の向こう側に渡りたいが、近くに橋がない。

 川を見れば、ちょうど川を渡れるように、階段と川に石が置いてある。(ように見える)

 自転車を持って渡る途中に、バランスを崩したらずぶ濡れだ。

 12月にずぶ濡れは風邪を引くので、止めておこう。

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(川を渡るようになっている?)

 線路の下の道をくぐって橋を探した。

 この道も細くて、注意して自転車を押した。

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(線路をくぐる)

 西国街道を走り、2㎞で長岡京駅前に着いた。

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長岡京駅前交差点)

86.西国街道ポタリング 続⑧(長岡京駅前~JR向日町駅)へ続く

84.西国街道をポタリング 続⑥(安満遺跡公園〜楠公父子 子別れの石像)

83.西国街道ポタリング 続⑤(愛宕燈籠と子宝地蔵尊〜安満遺跡公園)から続く

 

 高槻のホテルをあとにして、8時過ぎからポタリングを開始する。

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(昨日見た広大な安満遺跡公園)

 ホテルから昨日走った道を少し戻り、朝の芥川を見に行った。

 「川と空と雲と朝の空気」が最高に調和して、実に気持ちが良い。

 (こんな景色を見ると心が落ち着く)

 暖かくなれば、芥川の源流探しをしよう。

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(芥川)

 芥川橋の右手に、大きな銀杏の木がある。

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(銀杏の木案内)

 後ろの軽自動車と比べてみてもバカでかい。

 太い幹が、葉っぱのかつらを着けているようだ。

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(大きな銀杏の木)

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(昨日も見た3つの高層ビル)

 西国街道沿いに「関西大学高槻ミューズキャンパス」がある。

 社会安全学部とネットに出ていたが、立派な建物だ。

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関西大学高槻ミューズキャンパス)

 道すがら、お地蔵さんが入っている小さな祠があった。

 石碑の字は私には読めない。

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(お地蔵さん)

 右手にJR京都線の線路が見えたので、ビデオを撮りに行った。

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JR京都線

 歩道橋の上からビデオを撮った。

 まず右(高槻駅)から、回送電車がゆっくりと走って来た。

 続いて左(島本駅)から客を乗せた電車がやって来た。(ガラガラだった)

 

 高槻駅から西国街道を1.5㎞走ると、左手に鬱蒼とした森が見えた。

 磐手杜神社だった。

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(磐手杜神社)

 桧尾川を渡って見に行った。

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(桧尾川と磐手杜神社)

 きれいな紅葉だった。

 この時期、紅葉を見ると心が落ち着く。

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(紅葉)

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(紅葉)

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(橋の上から東を見る)

 西国街道に戻り、桧尾川橋を渡った。

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(桧尾川橋)

 西国街道JR京都線と並行している。

 桧尾川橋の上から、電車をビデオに収めた。

 JR京都線は電車の本数が多いので、シャッター・チャンスはいつでもある。

 

 一乗寺左の道標があった。

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(道標)

 古い町並みが残る道なので、梶原一里塚跡近くまでビデオに収めた。

 暖かくて気持ちの良いポタリングを楽しむ。

 

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(梶原一里塚)

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(説明板)

 桜井1丁目の交差点で、右200mは阪急京都線の水無瀬駅、左150mはJR島本駅だ。

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(桜井1丁目)

 史跡桜井驛跡史跡公園にある石碑。

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(史跡桜井驛跡)

 ここは、楠木正成と父正行父子の「生き別れの宴」を催した別れの場である。

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(説明板)

 楠公父子子別れの石像で「滅私奉公」と彫られている。

 滅私奉公とは、私を滅し公に奉じることを意味するが、私は好きな言葉ではない。

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(石像)

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(説明板)

 

85.西国街道ポタリング 続⑦(楠公父子 子別れの石像~長岡京駅前)へ続く

83.西国街道をポタリング 続⑤(愛宕燈籠と子宝地蔵尊〜安満遺跡公園)

82.西国街道ポタリング 続④(太田茶臼山古墳愛宕燈籠と子宝地蔵尊)から続く

 

 愛宕燈籠と子宝地蔵尊を見たあと、今日の最終目的地の安満遺跡公園に向けてポタリングを始めた。

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愛宕燈籠と子宝地蔵尊

 すぐ近くに「芥川一里塚」が右手にあるので、ビデオを撮影した。(ただ、あまりにも近くだったので、もう一度ビデオ撮影した)

 

 芥川一里塚は、芥川宿の東に位置し、西へ400mが宿場だったようだ。

 通り過ぎたようだが、そういえばそのような雰囲気があったようにも思う。(しかし、新しい家が多かった)

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(芥川一里塚)

 説明板では、西国街道の両サイドに多くの宿が描かれている。

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(説明板)

 先程のビデをが短かったのでもう少し距離を伸ばし、芥川一里塚を少し戻ってから、芥川商店街までをビデオ撮影した。

 

 芥川商店街の手前右に、「芥川仇討の辻」という説明板が立っていた。(読むと面白い)

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(芥川仇討の辻 説明板)

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(説明板拡大)

 ここから、西国街道は太い道になっている。

 なおこの道の北200mには、新西国街道が並行して通っている。

 3つの高層ビルが「団子3兄弟(古い歌)」のように思えたので、写真を撮った。

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(3つの高層ビル)

 上宮天満宮参道入口の鳥居だ。

 200m先に上宮天満宮があり、反対側500mはJR高槻駅だ。

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(上宮天満宮参道)

 天神町1丁目の信号の、向こう側の坂の上が上宮天満宮だ。

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(上宮天満宮

 自転車を置いて、少し上がってみた。

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(上宮天満宮

 まだまだありそうだが、置いてきた自転車が気になり、ここから引き返した。

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(上宮天満宮はまだ先だ)

 天神町1丁目の交差点で右に上る道があり、面白そうなので行ってみた。

 「昼神車塚古墳」があった。

 この下は、右から左に80mほどのトンネルになっていて、新西国街道だ。

 車は古墳の下を80m走ることになる。

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(昼神車塚古墳)

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(説明板)

 昼神車塚古墳で今日の予定は終わりだったが、少し時間があったので安満遺跡公園へ行った。

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(八丁松原石碑と安満遺跡公園の道標)

 最近(令和3年3月)に全面開園した、広さ22ヘクタールの広大な遺跡公園で、弥生時代の阿満遺跡を保存している。

 広大な雰囲気を外から楽しんだあと、ホテルに向かった。

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(安満遺跡公園)

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(説明板)

 ホテルに行く途中、阪急京都線の電車が走ってきたので、ビデオに収めた。

 

 今晩の宿泊ホテル(高槻W&Mホテル)だが、疲れのためか変なアングルで変な写真を撮ってしまった。

 ビデオの最後に写っているのは、朝食を食べたホテルの向いの居酒屋だ。

 風呂にゆっくり入ってから、近くの店へ夕食に出かけた。

 一日ポタリングのあとの、「ラーメン・餃子・半チャーハン+生ビール・ハイボール」は最高に美味かった。

 

84.西国街道ポタリング 続⑥(安満遺跡公園~楠公父子 子別れの石像)へ続く

82.西国街道をポタリング 続④(太田茶臼山古墳〜愛宕燈籠と子宝地蔵尊)

81.西国街道ポタリング 続③(交通の要衝 中河原〜太田茶臼山古墳)から続く

 

 大きな太田茶臼山古墳を見たあと、東太田4丁目の交差点を直進して、西国街道ポタリングする。

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(東太田4丁目の交差点)

 300mで川を渡るが、グーグルマップで見ると「女瀬川」のようだ。

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(女瀬川)

 2㎞で今城塚古墳がある、いましろ大王の杜(広さ9ヘクタール)に来た。

 この古墳も大きそうだ。

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(大きな古墳があるようだ)

 説明板を見れば、古墳近くにまで入って行けそうだ。

 しかし、昼を過ぎて寒くなりそうなので、素通りに決めた。

 周囲から見るだけで、雰囲気は十分に想像・体感できる。

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(説明板)

 ここは自転車が乗れないので、押し歩くことにした。

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(正面が古墳)

 説明板を見ると、多くの人が働かされたようだ。

 ネットで調べると、歴史学会ではここが真の継体天皇陵らしい。

 前回のブログの太田茶臼山古墳宮内庁認定の継体天皇陵)も大きかったが、ここも同じように大きい。

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(説明板)

 この時期は鴨が多い。

 

 たくさんの埴輪が並べられていた。

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(兵隊)

 埴輪から、この時代の生活を想像することが出来る。

 見ていて飽きない。

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(住居)

 たくさんの埴輪だったのでビデオに撮った。

 

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(郡家今城遺跡)

 1㎞で芥川を渡る。

 芥川の名前の由来は、阿久刀神社の付近の阿久刀川から来ていると言われている。

 芥川龍之介と関係があるのかと思ったが、無関係だった。

 なお、芥川龍之介は有名な多くの本を書いたが、35歳で亡くなっている。

 芥川の上流は摂津峡で、夏になったら行ってみよう。

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(芥川橋の向こう左に見えるのは大銀杏の木)

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(芥川のそばに立つお堂/化粧地蔵)

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(芥川と芥川橋)

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(芥川を北に望む)

 芥川橋を渡った右手にある地蔵尊だが、石碑には「卍橋」と書いてある。(?)

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(卍橋詰地蔵尊

 ポタリングを開始したが、左手に地蔵尊が見えたので引き返して写真を撮った。

 

 

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愛宕灯籠と子宝地蔵尊

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(説明板)

83.西国街道ポタリング 続⑤(愛宕燈籠と子宝地蔵尊~安満遺跡公園)へ続く

81.西国街道をポタリング 続③(交通の要衝 中河原〜太田茶臼山古墳)

80.西国街道ポタリング 続②(大阪モノレール豊川駅〜交通の要衝 中河原)から続く

 

 戦国武将 中川清秀の由緒地(交通の要衝 中河原)で説明板を読みながら、昼におにぎりを食べた。

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(戦国武将 中川清秀の由緒地)

 500m東の幣久良橋(てくらばし)で、茨木川を渡る。

 幣久良橋の北200mで、勝尾寺川と佐保川が合流し、名前が茨木川になる。

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(茨木川と幣久良橋)

 幣久良橋から北を見ると、茨木川は左へ勝尾寺川、右へ佐保川に別れている。

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(幣久良橋から北を望む)

 幣久良橋を渡ったすぐ左の角に、白井河原合戦跡の説明板が立っている。

 説明板には、中川清秀荒木村重織田信長のよくお目にかかる名前が出てくる。

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(真っ直ぐが西国街道

 川を挟んだ戦いは非常に多い。

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(白井河原合戦跡の説明板)

 幣久良橋を渡って、真っ直ぐが西国街道だが、左に曲がって耳原公園を見に行ったが、特に写真に撮るものはなかった。

 元の西国街道に戻り2㎞行くと、阿為神社御旅所があった。

 大きな木がある。

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(阿為神社御旅所)

 ここの北西300mに耳原古墳があるはずだが、ぐるぐる回って探したが、残念ながら見付けることは出来なかった。

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(道標と説明板)

 50m先に名神高速道路があり、右方向に下をくぐる。

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名神高速道路)

 名神の下をくぐってまっすぐの橋が太田橋で、西国街道になる。(橋の下は安威川だ)

 車は通行止めだ。

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西国街道の太田橋/通行止めのポールが立っている)

 太田橋から安威川を見る。

 川の右サイドの道は、安威川の源流探しで、以前にポタリングしたことがある。

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安威川

 太田橋を渡って200mに太田不動尊があり、道標と西国街道の説明板がある。

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(太田不動尊

 大きな木が横たわっていたので、中に入って写真を撮った。

 真横に地を這っている。

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(ムクノキの保存樹)

 500先に西国街道の道標があるが、左は巨大な建物だ。

 標識がなかったので何の建物かわからなかったが、帰って調べると「NTTコミュニケーションズ 大阪第7センター」だった。

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(道標)

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(巨大な建物)

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(建物の途中の道標)

 少し先にまた道標があり、太田茶臼山古墳が左、太田廃寺が右と書いてあり、まず右に行くことにした。

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(道標)

 この裏が太田廃寺跡のようだ。

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(太田廃寺跡)

 説明板はポタリング中はさっと見て、後でゆっくりと読むようにしているが、歴史を感じて非常に面白い。

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(説明板)

 裏に回るが、何もなかった。

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(太田廃寺跡)

 巨大な建物がここまで来ている。

 看板ぐらいあれば良いのだが、データセンターの場所はわざとわかりにくくしているのだろうか。

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(左は追手門学院中・高等学校、右は巨大な建物)

 太田廃寺跡に続いて、太田茶臼山古墳継体天皇陵)に来た。

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(説明板)

 しっかりと囲ってあり、中に入ることは出来ない。

 天皇陵だから当然だろうな。

 鬱蒼とした森のようだ。

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継体天皇陵)

 どのくらいの大きさかを確かめるために、周囲を自転車でポタリングすることにした。

 

 ネットフェンスで囲われている。

 池の中の小島だ。

 民家が隣接しているところが多く、見ることが出来ない。

 2/3周くらいで終えた。(このビデオは3分30秒で長い)

 

 こんなお墓に眠るのは寂しそうだ。

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継体天皇陵)

 元の西国街道に戻った。

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(東太田4丁目交差点)

 

 82.西国街道ポタリング 続④(太田茶臼山古墳愛宕燈籠と子宝地蔵尊)へ続く

80.西国街道をポタリング 続②(大阪モノレール豊川駅〜交通の要衝 中河原)

 79.西国街道ポタリング 続①(箕面牧落交差点〜大阪モノレール豊川駅)から続く

 

 箕面牧落交差点から国道171号線沿いに西国街道を走り、大阪モノレール豊川駅を過ぎた。

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大阪モノレール豊川駅

  「やましたばし」で勝尾寺川を越える。

 暖かくなったら、勝尾寺川の源流探しをしてみよう。(面白そうだ)

 右手に鬱蒼とした森が見える。

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(やましたばし)

 御神燈の奥に、神社がありそうだ。

 行ってみることにする。

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(神社らしい)

 勝尾寺川を渡っていく。

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勝尾寺川)

 勝尾寺川に掛かる橋を渡ると、鳥居が見えてきた。

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(鳥居)

 先ほど「春日神社御旅所」があったが、きっとこの神社が目的地だ。

 あとでグーグルマップで知ったが、春日神社の奥は茨木カンツリー倶楽部だ。

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春日神社)

 春日神社はここで拝んで、ポタリングを続ける。

 西国街道の道は、しっかりと残されている。

 

 近くに事前にチェックした「ボロ塚」があり、行きたかったので、1㎞ほど戻って171号線に出て探しに行った。

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(かじやはし⇒行き過ぎた)

 左は国道171号線で、道標に従い右の小道を行く。

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(道標)

 60mで右手に、ボロ塚の石碑が見えた。

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(石碑)

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(ボロ塚)

 説明板を読んでいるうちに、徒然草を読みたくなり、帰ってからアマゾンで注文した。

 本が到着して10日あまり経つが、今日まで他の本と同様に積まれていた。(読んでみると面白そうだ)

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(説明板)

 2㎞で、郡山宿本陣(椿の本陣)に着いた。

 左の椿の木が、毎年五色の花を咲かせたことから「椿の本陣」と呼ばれたらしい。(12月1日のこの日は咲いていなかった)

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(郡山宿本陣)

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(石碑)

 本陣は大名や公家などが宿泊、休憩するところで、西国の大名が参勤交代でも利用していたらしい。

(現在は公開を中止している)

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(説明板)

 西国街道と茨木街道が交わるところにある道標で、3つ並んでいる。

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(道標群)

 国道171号線の新豊川橋が見える。

 一方通行で車は入れないが、自転車ならスイスイ行けて便利だ。

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(新豊川橋

 国道171号線を越えて、正面の細い西国街道に入っていく。

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国道171号線

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(消えかけた道標)

 整備された西国街道ポタリングする。

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(きれいな西国街道

 1.5㎞で、戦国武将 中川清秀の由緒地に到着した。

 お腹も空いてきたので近くのコンビニでおにぎりを買い、2つの説明板を読みながら食べた。

 この日はポカポカ陽気で気持ち良かった。

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(道標)

 ここは、東西に走る西国街道と、南北に走る亀岡街道が交差する地点だ。

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(道標)

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(中河原の道標 説明板)

 説明板を読むのは、当時の様子を想像できて楽しい。

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(交通の要衝 中河原 説明板)

81.西国街道ポタリング 続③(交通の要衝 中河原~太田茶臼山古墳)へ続く

79.西国街道をポタリング 続①(箕面牧落交差点〜大阪モノレール豊川駅)

 冬晴れの12月1日から1泊2日で、前回の続きの西国街道箕面牧落交差点〜京都東寺)をポタリングした。

 両日とも暖かくて、快晴の秋晴れ(冬晴れ)だった。

 牧落の交差点を、171号線茨木方面にポタリングだ。

(自宅からここまでは約30分のポタリング

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国道171号線を茨木方面へ)

 牧落の交差点から、これからポタリングする茨木方面に向かった写真。

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(これからポタリングを楽しむ方向)

 200mで171号線をはずれて、右手の細い道に入っていく。

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(細い道が西国街道

 道が細くなり車が通らないとホッとする。

 右の建物は「箕面市立病院」だ。

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(右は箕面市立病院)

 萱野3丁目南交差点で、少し太い道を越えて直進する。

 右下に「歴史の道西国街道」の道標が立っている。

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西国街道は直進)

 左を見れば、箕面山が青空に映えている。

 実に美しい。

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箕面山

 古い家並みに挟まれて西国街道ポタリングする。

 

 萱野三平旧邸が見えた。

 元禄15年にここで自刃(じじん)し、28歳の生涯を閉じた。

 萱野三平の名前は知っていたが、なんとも節義の厚い立派な青年だったようだ。

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(説明板)

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(建物に囲まれた庭)

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(義士 萱野三平の墓)

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(萱野三平と赤穂事件)

 萱野三平は「箕面市萱野」の地名で、今でも立派に生きている。

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箕面市萱野)

 国道171号線にそって直進し、新御堂筋線の下をくぐる。

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新御堂筋線で右は大阪方面)

 200mで、途中途切れた西国街道(右の細い道)が始まる。

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(右が西国街道

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(保護樹林)

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(美しい模様)

 両側の建物を見ながら、のんびりとポタリングする。

 

 楠水竜王という小さなお堂と井戸があり、楠木正成が兵庫湊川へ出陣する際に、この井戸水を賞味したらしい。

 道標では、左が西国街道だ。(左 京ふしみ)

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(楠水竜王

 近くに春日神社御旅所がある。

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春日神社御旅所)

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(説明板)

 春日神社御旅所にある道標で、歴史の道西国街道は右とある。

 郡山本陣を目指してポタリングする。

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(道標)

 前に見える大阪モノレールをくぐる。

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大阪モノレール

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豊川駅

西国街道ポタリング 続②(大阪モノレール豊川駅~交通の要衝 中河原)へ続く